伝道掲示板(六月

「私の心の中は愚痴といいわけばかりの闇の世界」

 どなたかの先生の本を読む中で響いたことを自分なりにまとめた一節です。
 変化し続けるこの世界の中で、常に自分の理想が叶う状態でありたいと願っているのが私であります。ところがそうは問屋が卸しません。次から次へと無理難題が湧き起こり、恐れていたこと、思いもせぬことが襲いかかってきます。人間関係や金銭的トラブルから、病気や怪我、体調不良かと思っていたら老化現象だったり。ようやく好きなことが出来る余裕が生まれたと一息つけば、目の前に人生の終焉が待っていたりと落ち着く間もありません。
 災難から逃れようとよけても避けても、縁があれば容赦無く取り込まれてしまうばかりです。そんな時、私は絶望して落ち込んだり、腹を立てて怒り狂ったりしてしまいます。
 なぜ絶望や怒りが湧いてくるのでしょう?
 それは原因を他に押し付けるからです。「あいつが悪い」「これのせいで間違えた」「わかってくれないのがいけなかった」等々。愛車を少々こすっただけでも、立っていた電柱や、ガードレールのせいにしてしまいます。そしてどうにも自分の責任と認めざる得ない場合には、「急いでいたから」「体調が悪かったから」等々、自分の過失を矮小化せんとする思い(人間の知恵)が次々湧いてきます。
 仏教では人間はみな凡夫であり、凡夫とは三毒の煩悩に染まっているもののことです。貪欲・瞋恚・愚痴という三毒の根源は愚痴であり、それは無明ともいわれます。思い通りにならない現実を皆他のせいにして生きてきた。それが当然とすることで、私は大事なことに気づかずにいました。 それは自分の稚拙さ、不実さ、傲慢さに目をつむるようにしてきた事です。自分の本当の姿から目を背けることで自分を保護してきたとも言えるでしょう。
 闇は光が差し込むことで、初めて闇であることが知らされます。私が光に照らされることで、私が闇の中にいたことが教えられます。

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