「令和」ひそかに恐れる「令」の字。

もう、説明するまでもありません。テレビも新聞も新しい元号「令和」で持ちきりです。
何でも万葉集より引っ張ってきた感じ二文字だという。令月の令と風和の和となんとも優雅な響きであります。
出典が日本古典からというのが初めてということが話題になっていますが、そのことよりも私は「令」という漢字が気になります。

「令」という文字を白川静先生にその源を訪ねてみますと、。
「象形。深い儀礼用の帽子を被り、ひざまづいて神託(神のお告げ)を受ける人の形。神の神託として与えられるものを令といい、「神のおつげ、おつげ」の意味となり、天子など上位の人の「みことのり、いいつけ、いいつける」の意味となる。
甲骨文字・金文では令を命の意味に用いており、令が命のもの字である。令は神のお告げを受け、神意に従うことから、「よい、りっぱ」の意味となり、また使役の「しむ」の意味にも用いて、命と分けて使うようになった。とありました。つまり「令」に(よい、りっぱ)といった意味が認められるようになる前提に、「おつげ」という逆らえないものという意味があり、それが権力者による「いいつけ」に置き換えられてゆく。
人智を超えた神意を賜るという邂逅を表わす場合であれば、これほど素晴らしいことはないでしょうが、これが人間社会における上下関係に用いられたとしたら、それは苦しみと屈辱であります。

メディアでは響きがよいとか、書きやすいとか、出典についてなどをあれこれ紹介しているが、「令」という漢字には元々こうした、「神→人」へのお告げという意味と「人→人」への命令や号令という意味があり、ともすれば為政者にとって勘違いしたくなるような意味を根底に在していることを誰も語っていないように思う。
出典元では(よい)という使われ方をしているので、うっかり鵜呑みにしてしまうと、とんでもない毒を秘めているかもしれない。気をつけよう、新しい元号が諸刃の剣となって、指令や命令が支配するような世の中にしてはいけない。
ではどうしたらいいのだろう?
そう、それには西暦を使うようにしてゆけばいいのではないでしょうか。
だって、こんどの4月30日も5月1日も2019年なんですから。




上のイラストは金文の令に目を書き入れたもの。

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